アーティスト

1948〜1979

1948 沖縄民謡の大家、喜納昌永の子 として、アメリカ占領下の沖縄コザ市に生まれる。
1964 高校時代、その後に沖縄および日本で大ヒットする「ハイサイおじさん」を作詞・作曲。
1968 喜納昌吉&チャンプルーズ結成。
1977 11月1stアルバム『喜納昌吉&チャンプルーズ』発表。全国ツアー開始。
このアルバムは現在でも日本のベスト・ロックアルバム100に選出され高く評価されている。

1980〜1989

1980 2ndアルバム『BLOOD LINE』発表。
ライ・クーダー、矢野顕子を迎えてハワイで録音された。このアルバムに収録された「花(すべての人の心に花を)」 は、日本国内はもとより、海外でもエミール・チョウ(台湾の代表的な歌手)、ワルジーナ(インドネシア)、カラワン(タイ)、ヘンリー・カイザー&デビッド・リンドレー(アメリカ)など、数え切れないほどの世界中のアーティストがカヴァーし各地でヒットしている。また、「ジンジン」は、イギリスのディスコ・チャートの2位にランクインする。
11月、第一回「うるま祭り」開催。沖縄のオリジナルな文化の復興を提唱。
1982 3rdアルバム『祭』を発表。
1983 ライブアルバム『ザ・セレブレーション』を発表。
1986 4月5日、沖縄・久高島で島の精神的遺産の重要性を訴える第一回「ニライカナイ祭り」を開催。
フィリピン・マニラにて「ネグロス島支援コンサート」出演。 タイで「花(すべての人の心に花を)」が大ヒットする。
1987 9月、第二回「うるま祭り」開催。北海道アイヌの長老47名を招いて金環日食のもと、世界の平和を祈り9日間の開催。
1988 8月、喜納昌吉の提唱により長野県八ヶ岳にて開催された「いのちの祭り」で「縄文祭」を開催。
11月19日、喜納昌吉プロデュースによる「弥勒世果報祭り」を開催。これは、戦後沖縄民謡界を作ってきた父・喜納昌永のフェスティバルとして開催。
1989 インド「ガネーシャフェスティバル」に出演。

1990

9月、7年ぶりのアルバム『 ニライカナイ・パラダイス』を発表。
12月、ジョン・レノン追悼生誕50周年記念「グリーニング・オブ・ザ・ワールド(GOW)」に出演。
第二回「ニライカナイ祭り」開催。沖縄・久高島で12年毎に行われていた神事イザイホーが中止された事に対して、その祭りの精神を受け継ごうと、久高島を望む対岸の知念村にて開催された。

1991

フランス「ブールジュ春の音楽祭」に出演。
フランスでレコーディングを行ったアルバム『アース・スピリット』を発表。
12月31日、NHK紅白歌合戦に出場。「花(すべての人の心に花を)」を歌う。

1992

アルバム『チャンプルー・ルネッサンス』を発表。
沖縄日本復帰20年記念行事として行われた「ニライカナイ アジア民族交流音楽祭」の監修を喜納昌吉が務め、自身も出演。
9月、アルバム『イン・ラヴ』発表。

1993

8月、国連が制定した国際先住民年を記念し第三回「ニライカナイ祭り」を開催。世界各地の先住民族を沖縄に招き、シンポジウム、コンサートなど4日間にわたって行われた。
韓国太田(テジョン)万博に出演。
世界各地で歌われている「花」を収録したアルバム『花(すべての人の心に花を)国際版』をリリース。
12月、アルバム『レインボー・ムーブメント』を発表。多くの日本のアーティストがレコーディングに参加。

1994

「花(すべての人の心に花を)」が中国で大ヒット。
4月、マングローブ植林のためベトナムを訪れる。現地でミニコンサートを開催。
5月、中国故宮にて中国日本友好コンサート開催。
奈良・東大寺で開催されたユネスコ主催「グレート・ミュージック・エクスペリアンス(GME)」にボブ・ディラン、ボンジョビ、INXS、ロジャー・テイラー、ジョニー・ミッチェル、チーフタンズ、ウェイン・ショーターなど世界のトップ・アーティストと共に参加。全世界に放映される。喜納はここで旧友でもある世界的ギタリストのライ・クーダーと共演した。
6月、東京で開催された「アムネスティー・インターナショナル94」でゲストとして講演し、同時開催のチャリティー・コンサートにも出演。 沖縄三大偉人の恩恵に感謝する産業復活祭として第三回「うるま祭り」を沖縄県那覇市奥武山にて開催。 トーキング・ヘッズのデビッド・バーンのプロデュースによるルアカ・ポップ・レーベルから、ベスト盤『ペパーミント・ティー・ハウス』を15ヶ国で発表。
7月15日、ワシントンDCで行われたアメリカ先住民族の権利回復運動『ウォーク・フォー・ジャスティス』に参加。ゴール地点であるリンカーンメモリアルパークにてコンサート。
7月17日、ニューヨーク・セントラルパークでの「サマーステージ」に出演。ギタリスト、ライ・クーダーと共演。
7月20日、カナダ・トロントの「ハーバーフロント・フェスティバル94」に出演。ライ・クーダーと共演。
7月22日、ロサンゼルスの「カリフォルニア・プラザ・フェスティバル」に出演。ライ・クーダーと共演。
8月6日、被爆から49年の広島で行われた「ピース・コンサート」に出演。
8月11日、デビッド・バーンのプロデュースによるロンドン・クイーンエリザベス・ホールにてコンサート。
12月、10枚目のアルバム『火神』を発表。

1995

1995 1月29日、阪神大震災の慰問で神戸を訪れる。避難所数カ所にてミニライブ。
3月22日、「花(すべての人の心に花を)」の作詞・作曲に対して、第一回「遠藤実歌謡音楽大賞」を受賞。「花(すべての人の心に花を)」が世界の平和と調和に寄与する日本の代表的な歌として選ばれた。
5月、喜納昌吉の提唱による終戦・被爆50年平和祈念イベント「サバニピース・コネクション」を開催。「すべての武器を楽器に」をテーマに、沖縄に古くから伝わる船「サバニ」を漕ぎ、与那国島から島々に寄港しながら北上。8月に目的地である広島、長崎まで到着し、各島々から寄せられた“平和のメッセージ”を広島市長、長崎市長に届ける。
7月、ライブアルバム『チャンプルー!』を発表。
9月、ジュディー・オングのプロデュースによる「北京平和音楽祭(北京天檀公園)」に出演。

1996

天孫祭、アトランタ・オリンピックの連動イベントとして「サバニピース'96」沖縄本島一周を漕行する。
7月6日、アトランタ・オリンピックに招聘された事を記念した壮行コンサート「天孫祭−すべての武器を楽器に」を沖縄・奥武山陸上競技場で行い、約700人の出演者による壮大なステージは沖縄芸能史上に残る内容と評価される。約2万人の動員。
7月20日、アトランタ・オリンピック公式文化イベントに出演。100名のエイサー、50名の沖縄空手、琉球舞踊の踊り手を引き連れてのステージを行い、観客を魅了した。 引き続き22日から3日間、アトランタ・オーバン・アベニューのクラブ「カジノ」でコンサートを行う。この場で黒人、白人、赤人(ネイティブアメリカン)、黄色人がステージで共演。民族の共生を体感するイベントとなった。
8月、阪神大震災の被災地神戸へ花の種をプレゼントしようという企画「フラワー・キャンペーン」の全国ツアー開始。
9月、神戸チャリティー・シンポジウム&コンサートに参加。
11月2日、朝日新聞社主催「海への貢献賞・海へのチャレンジ賞」を「サバニピース・コネクション」の功績が認められ受賞。 京都龍谷大学におけるアヒンサー(非暴力)をテーマにした「世界宗教者会議」で講演。翌日の公演ではインド財界人やヒンズー教僧侶、インド仏教僧侶と日本の仏教徒や僧侶、学生一般人が感動、渾然一体となった祭りとなる。
12月3日、東京・中央区の「銀座ウェルネス・コミュニティー・プライズ 年度特別賞」受賞。アトランタ・オリンピック公式文化イベント出演や「花(すべての人の心に花を)」のアジアを中心に世界各国でのヒットによる文化的貢献を評価される。
12月31日、「花(すべての人の心に花を)」に対しTBS「レコード大賞 特別賞」受賞。

1997

5月、中国国際文化交流イベント「長城の春」に招待される。万里の長城の特設ステージにてオーケストラと「花(すべての人の心に花を)」を共演。中国合唱団も参加。
5月15日、「沖縄独立の可能性をめぐる激論会」を開催。
初めての書き下ろし著書「すべての武器を楽器に」出版。
7月、ペリーの「黒船」のお返しに楽器を満載した「白船」によりアメリカに平和開花を求めようという「白船計画」を提唱。“進水式”と題した記者会見を沖縄・東京で行う。 北朝鮮への食料支援コンサートに数回出演し、収益から百トン以上のコメ支援が実現した。
8月、作家小田実氏が続けている「日独平和フォーラム」を沖縄にて受入。
9月、海上ヘリポート基地問題に揺れる沖縄県名護市辺野古へ平和のメッセージを届けるために、再び沖縄本島を一周する「サバニピース・コネクション'97」を開催。
中国、大蓮にてコンサート。
10月、アルバム『すべての武器を楽器に』を発表。
著書「すべての武器を楽器に」に対して「JLNブロンズ賞」受賞。

1998

2月、環境保護活動に対し世界的時計ブランド・オメガより「オメガアワード」受賞。ベトナム・カンザー地区にてマングローブ植林コンサート。
7月、チャンプルーズ初の沖縄民謡のアルバム『赤犬子(アカインコ)』を父、喜納昌永と共に制作。
8月8日、「 神戸からの祈り」提唱、参加。
「セイクレッド・ラン'98」白船と連動し日本列島を聖なるランニングで走り繋ごうと、北はアイヌ、南は沖縄から走り出し、鎌倉にて合流した。
9月13日、京都知恩院コンサート。
10月10日、「東京おひらき祭り」提唱、参加。
11〜12月「白船〜White Ship of
Peace〜」実施。3週間かけアメリカを横断。各地で先住民族、平和活動家と文化交流を行う。目的地ニューヨーク国連本部にてアナン事務総長宛に「すべての武器を楽器に」の署名を届ける。12月11日にはアメリカ先住民族のイロコイ連邦オナンダーガ゙国を訪れ、平和コンサートを成功させる。このことは後に連邦の公式な歴史として記録される。

1999

10月、韓国ソウルでの「東アジア5カ国の平和会議」に日本代表として参加。会議とコンサートを行う。韓国の日本文化解放初のコンサートとなる。
10月、台湾地震チャリティーコンサートを沖縄・那覇で開催。
11月、台湾地震被災地支援コンサートを台北、高雄で開催。
大晦日、米軍海上基地建設予定地である沖縄県名護市辺野古にてカウントダウンコンサート開催。

2000

インド・プーナ市にてコンサート。
喜納昌吉ガイドブックとも言える「喜納昌吉1948〜2000 流れるままに」を出版。
5月3〜7日、朝鮮民主主義人民共和国・沖縄平和友好訪問団として訪朝し演奏。朝鮮民族の国歌とも言える「アリラン」を歌う。
5月17日、韓国光州事件20周年イベントに参加。動員数約15万人の前で演奏。朝鮮民族の国歌とも言える「アリラン」を歌う。
7月、沖縄サミットに合わせて第四回「ニライカナイ祭り」を開催。沖縄、アイヌ、大和、在日朝鮮民族の和合を目指した文化交流コンサートと、「ピースエイト」と題した平和会議も行った。祭りの開催にあたってアメリカ先住民イロコイ連邦とホピ族から女性のリーダーを招聘した。
9月、デュッセルドルフにて「ドイツにおける日本年」のファイナルイベントとして3回のステージに出演。
11月、中国で大ヒットしている「花(すべての人の心に花を)」の作者として上海アジア音楽祭に審査員として参加。

2001

本人著「すべての人の心に花を」出版。
8月14、15日 東京で多文化多民族共生空間をテーマに「TOKYO 2001 花の祭り」を開催。
11月、沖縄県主催「世界のウチナーンチュ大会」のフィナーレとして出演。
11月、父・喜納昌永の芸能活動70周年と、喜納昌吉の芸能活動35周年を記念して第四回「うるま祭り 喜納昌永・喜納昌吉 親子リサイタル」を開催。

2002

2月、日本とインドの国交成立50周年の記念イベントに招聘される。ニューデリーでコンサート。NGO「すべての武器を楽器に・ピースメーカーズネットワーク(PMN)」の活動として、武器を溶かして平和のモニュメントを創り建立するため“壊した武器”の提供をインド政府に要請。
5月、北京で日本と中国の国交正常化30周年記念コンサートに出演。NGO「PMN」の活動より中国政府にも壊した武器の提供を要請。
6月、タイ・バンコクにて国連主催「ミレニアム宗教精神指導者代表者会議」に招聘され「地球こそが人類の聖地である」と題したスピーチを行う。
7月、京都知恩院・大殿御影堂(国宝)にて「平和のモニュメント建設のための武器提供第1号・授与セレモニー」を開催。2月にインド政府への武器提供要請に応え、インド政府ジョージ・フェルナンデス国防大臣が来日の際、武器を持参し提供を受ける。現在、パキスタン政府にも、武器提供を要請中。
8月7日、8日、東京・増上寺にて第二回「TOKYO 2002 花の祭り」」を開催。

2003

米英によるイラク攻撃のさし迫りを受けて、1月18日東京で行われた「ピースアクション World Peace Nowに参加。
その後、ガザール・イラク臨時代理大使を訊ね、すべての武器を楽器にのムーブメントのためにイラク政府より武器の提供と、イラクにおけるピースコンサートの実施を提案。
イラク側は、これを受諾。2月14日から18日まで、バグダッドを訪れ、ライブをはじめ様々なピースアクションを行う。
帰国後、広島(3.2)、東京(3.8)、沖縄(3.15)と一連のアクションに参加。
「うるま十・十平和祭り」10月9日より5日間、沖縄、奥武山公園にて行われる。

2004

3月、「いつの日か花を咲かそうよ」(光文社)出版。
5月、アルバム「忘てぃやうぃびらん 忘てぃやないびらん」を発売。初DVD「すべての武器を楽器に」が同時発売。
6月、「いちゃりばフレンズ」(ウエイツ)出版。
7月、「すべての武器を楽器に」(エイト社)出版。
7月、参議院議員選挙に民主党比例区として出馬。17万票余りを得票し初当選。外交防衛委員会、沖縄及び北方特別委員会、憲法調査会に所属。
9月、沖国大米軍ヘリ墜落事故に関して沖縄及び北方特別委員会で初質問。
9月、世界平和に貢献したミュージシャンに送られる世界平和音楽賞受賞。アメリカ・サンフランシスコで行われた授賞記念コンサートに出演。
10月10日、11日 沖縄・摩文仁の平和記念堂、那覇市の沖宮にて「うるま十・十平和祭り」を行う。 10月30日、民主党沖縄県総連合会の代表に就任。
12月、ブックレット「喜納昌吉と、沖縄と日本〜米軍蹂躙による傷跡いまだ癒えず」松井克明[編](現代人文社)出版。

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